大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(ネ)752号 判決

控訴人 高井濟

控訴人 高井美与子

被控訴人 三輪大三

右訴訟代理人弁護士 横溝徹

同 横溝正子

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

一、控訴人高井濟は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、当審における被控訴人の新たな請求につき請求棄却の判決を求めた。

控訴人高井美与子は、当審における本件口頭弁論期日に出頭しなかったが、同控訴人が提出し、陳述したものとみなされた控訴状には、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の記載がある。

被控訴代理人は、本件控訴をいずれも棄却する旨の判決、および「若し、原判決添付物件目録記載の土地建物(以下、本件物件という。)につき被控訴人に対しての所有権移転登記の抹消登記手続を求める請求(原判決主文第三項に対応する。)が認められないとすれば、「控訴人高井美与子は、控訴人高井濟に対し本件物件につき横浜地方法務局川崎支局昭和四七年四月四日受付第一二六〇〇号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。」との判決を求めた。

二、当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、被控訴代理人において次のとおり主張を附加したほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

被控訴人の附加した主張

被控訴人は、民法第四二四条にもとづき控訴人高井美与子に対し、本件物件につき同人に対して横浜地方法務局川崎支局昭和四七年四月四日受付第一二六〇〇号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続を求めるものであるが、若し右請求が被控訴人に対して右所有権移転登記の抹消を求めるものであるため、容認されないものとすれば、被控訴人は、右登記原因である控訴人両名間の贈与契約を取り消したうえ、民法第四二三条にもとづき控訴人高井濟の、控訴人高井美与子に対して有する右所有権移転登記の抹消登記請求権を代位行使し、控訴人高井美与子が控訴人高井濟に対し右登記の抹消登記手続をなすべきことを求める。

理由

一、まず控訴人高井濟に対する請求につき判断する。

官公署作成部分については公文書として真正に成立したものと認められ、その余の部分については原審における被控訴本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証公文書として真正に成立したものと認められる同第五号証、及び右本人尋問の結果をあわせれば、被控訴人は、訴外有限会社佐々木運送店(代表取締役佐々木勇太郎)に対し約束手形金および小切手金合計一四一万円の債権を有し、その弁済が得られなかったため、横浜地方裁判所川崎支部に右訴外会社を被告としてその支払を求める訴えを提起したこと、そうして、昭和三九年三月四日午前一〇時の同裁判所の口頭弁論期日において右訴外会社は右約束手形金および小切手金の合計金およびこれに対する昭和三八年一一月一四日から支払ずみまで年六分の遅延損害金債権につき被控訴人の請求を認諾し、その旨の認諾調書が作成されたこと、右訴外会社はその後倒産するに至ったところ控訴人高井濟が同会社に対し資金の援助をするとともにその経営に乗り出すこととなったので、被控訴人は同控訴人に対し同会社の右債務の決済を要請し、両者の協議の結果同控訴人において右債権のうち、金一〇〇万円につき重畳的に債務を引き受ける旨を承諾したこと、そうして右両者の協議のうえ、同控訴人は被控訴人に対し、昭和四一年六月二〇日金二〇万円、残金は同年七月から昭和四四年一〇月まで毎月二〇日限り金二万円づつ分割して、いずれも被控訴人に持参して支払うこと、若し同控訴人が右分割支払を二回以上怠ったときは、期限の利益を失い、残金を即時被控訴人に支払うことという約束が結ばれ、昭和四一年四月一三日横浜地方法務局所属公証人鈴木正二のもとで右当事者間において右約束を骨子とする公正証書が作成されたこと、以上の事実が認められ、この認定を妨げるに足りる証拠はない。

次に、原審における被控訴人本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものと認める甲第八号証をあわせれば、控訴人高井濟は、前記約束にもとづく第一回の分割弁済金二〇万円の支払のため、被控訴人にあて同金員を手形金額とし、前記約定による支払期限を支払期日とする約束手形を振り出したところ、この約束手形は支払期日に呈示されたが、支払拒絶を受けたこと、ついで同控訴人は昭和四一年七月二〇日前記約定による分割弁済金二万円を被控訴人の住所に持参して受領を求めたが、被控訴人からその受領を拒絶されたため、これを弁済のため供託したこと、同控訴人は同年八月二〇日が支払期限の前記約定による分割弁済金二万円につき、これを期限に被控訴人かたに持参して受領を求めることなく、その期限の徒過後被控訴人から受領を拒絶されたものとして、同金員を弁済のため供託したことが認められ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、同控訴人は、昭和四一年八月二〇日の支払期限の徒過により、前記約定による分割弁済を二回遅滞したことが明らかであるから、同日の経過とともに分割弁済の利益を失い、残金を即時被控訴人に支払うべきこととなったものといわなければならない。

そうして、前掲被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は、同控訴人から右供託金合計金四万円を含めて、合計金二二万円の弁済を受けたことが認められる。従って、同控訴人は、被控訴人に対し、その残金七八万円およびこれに対する昭和四一年八月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の遅延損害金を支払うべき義務がある。

二、次に、控訴人高井美与子に対する請求につき判断する。

公文書として真正に成立したものと認められる甲第一、第二号証及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、本件物件は控訴人高井濟の所有のものであり、同控訴人のための所有権取得登記がなされていたことが認められるところ、昭和四七年四月四日同控訴人がこれを控訴人高井美与子に贈与したこと、これにもとづき本件物件につき、控訴人高井濟から控訴人高井美与子に対し、同日被控訴人主張のとおりの所有権移転登記が経由されたことは、当事者間に争いがない。

そうして、前掲甲第一、第二号証及び被控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人高井濟は、被控訴人に対する前記債務のほか、他の債権者に対しても債務を負担し、その債務の担保として本件物件につき抵当権若しくは根抵当権を設定したこと、同控訴人の資産は、本件物件のほか、他に見るべきものがないことが認められ、この認定を妨げるに足りる証拠はない。

以上の各認定事実にもとづけば、本件物件についてなされた控訴人高井美与子に対する贈与は、一般債権者の共同担保をほとんど皆無にならせるものであることが明白であって、右贈与は、民法第四二四条にいわゆる詐害行為に該当するものといわなければならないところ、控訴人高井濟はこのことを知りながら、控訴人高井美与子と贈与契約を締結したものと認めることができる。

他方、控訴人高井美与子が右贈与を受けた当時これにより債権者を害することを知らなかったことを認めるに足りる証拠はなにもなく、かえって、公文書として真正に成立したものと認められ甲第七号証によれば、控訴人高井美与子は控訴人高井濟の妻であって、同人と同居してきたことが認められ、この事実によれば、控訴人美与子は控訴人濟の資産状態および本件物件の贈与を受けることにより控訴人濟がほとんど無資産となることを熟知していたものと推認することができる。従って、被控訴人の民法第四二四条にもとづく右贈与の取消請求は理由があるから、裁判上これを取り消すべきであり、その原状回復として取消権者である被控訴人に対し控訴人高井美与子は、右所有権移転登記の抹消登記手続をなすべき義務があるといわなければならない(従って、予備的請求原因に対する判断を省略する。)。

三、そうすると、被控訴人の本訴請求(登記抹消に関する請求については、主位的請求)はすべてその理由があるから、これを認容すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がない。

よって、民事訴訟法第三八四条に従い本件控訴を棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白石健三 裁判官 小林哲郎 間中彦次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例